汗,香水,臭い

ドクターのミニコラム2・日本人と香水。

東洋と西洋の2つの文明が発見し、育てあげてきた香水は、137十年頃にハンガリー香水という現代的なアルコール香水となりました十それからわずか200年もたたないうちに、香水が日本にもたらされた事が記録されています。

 

時は1543年(天文12年)、絢爛豪華な桃山文化が花開きはじめ、ポルトガルやスペインの商人との交易が始まった頃、香水は初めて日本の地を踏んだのです。

 

ご時世的に考慮して、その頃もたらされた香水は、ハンガリー香水と思われます。

 

1612年(慶長17年)に、今度は東印度法人のカピタン。

 

セリースが時の平戸松浦侯に薔薇水を贈ったといいます。これは、クリアネオ 汗の匂いを対策するのに使われるものと同質との呼び声が高いです。

 

ただし、香水の輸入という事になると、186十年(万延元年)まで待たなくてはなりません。

 

その香水が可であったかは、明確と見極めされていませんが、おそらく薔薇香水のたぐいであったと思われます国産香水の製造となると、明治ご時世に入ってからの事で、1872年に神田の「あらめや」によって提供されているそう。

 

その名も『開化香水」というのですから、その頃の日本人が、いかに西洋文明すべてに意識を持っていたかがわかるというものです。

 

文明開化の日本に押し寄せた西洋文明は、もちろんのごとく香水を携えてきましたが、その名がわかっているのは、フランス製の『ヘリオトロープ』。

 

国産で一番目に動物性香料の入った香水『ムスク』が製造提供されたのは、19十1年(明治34年)、松沢常吉によってでした。